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6月の誕生石!美しい珠が印象的なパールの歴史と生産地


パールのネックレス

 

6月の誕生石の真珠は純白に輝く姿から「月のしずく」「人魚の涙」とも呼ばれる美しい宝石です。 

日本では馴染みも深く、大人の女性なら一度は着けたことがあるのは「真珠のネックレス」ではないでしょうか? 

 

世界には4000種類ほどの宝石があり、その中でも平地で採掘されるものがほとんどです。ただ、海でも採れる宝石も数種存在しており、真珠はその海で採れる貴重な宝石として古代より皇族に愛され続けてきた宝石になります。

 

 

真珠の歴史

 

人類と真珠の歴史は古く、紀元前3200年頃からエジプトで知られており、細かく砕いて薬として珍重されており、エジプトの女王クレオパトラも重宝していたそうです。 

 

紀元前2300年頃の中国、紀元前600年頃のペルシャ(現イラン)、紀元前200年頃のローマでも真珠が用いられていた記録が残っています。 

 

13世紀末、ヴェネツィアから日本を訪れたマルコ・ポーロの東方見聞録の中では、インドと日本では美しい真珠が採れることが記されていたことから、当時のヨーロッパ諸国は、オリエント(古代ローマから見て東の世界)を目指したようです。 

 

1796年イギリスはセイロン島の一部を植民地にし、1800年代半ばには世界最大の真珠採集場のペルシャ湾の海を支配しました。 

その当時、オリエント(古代ローマから見て東の世界)では真珠は王の証であり、ヨーロッパでは王侯貴族だけが持てる貴重な宝石でした。 

 

1893年世界で初めて日本での真珠の養殖が成功されます。 

それは真珠の歴史を変える出来事となり、それにより日本の真珠がヨーロッパへ進出し、今も世界から認められ続けています。

 

 

エジプト最後の女王クレオパトラと真珠

パールのネックレスとピアス

 

エジプトの女王クレオパトラが歴史上最も大きな真珠を二つ持っていたとされます。 

クレオパトラは、ある宴会の席でローマの政治家であるアントニウスに大金を使った贅沢な宴会を開くと言いました。 

それに対してアントニウスが、一回の宴会でそんな大金を使えるわけがないと答え、贅沢な宴会ができるかできないかで賭けをしたそうです。 

しかし、実際には普通の宴会であり贅沢な宴会とはかけ離れており、アントニウスは喜ぶどころかがっかりした様子で宴会が終わろうとした時、クレオパトラは両耳にぶらさがっていた大きな真珠の片方を酢の中に落とし込んで一気に飲みました。 

更にもう片方の真珠も飲み込もうとしたところで、賭けの審判が止め、判定としてはクレオパトラが勝利したそうです。 

おそらく、クレオパトラの大金を使った宴会とは、お金ではなく真珠のことを指していたのでしょう。 

ただ、真珠を丸ごと飲んだ真相は定かではありませんが、酢の中に真珠を溶かすような物質をいれていたのか、真珠そのものでなかったのか、真珠を丸ごと飲んだのか謎のままです。

 

 

真珠の養殖に成功した日本

ミキモト真珠島

 

1890年御木本幸吉(みきもと こうきち)は、三重県の神明島(しめのうら)と相島(おじま、現ミキモト真珠島)の2箇所で真珠の養殖実験を始めました。 

しかし、問題は山積みで、どんな異物を貝に入れるのか、入れたとしても貝が異物を吐き出さないか、異物をどこにいれるのか、異物を入れて貝は死なないのか、赤潮による貝の絶滅の危惧など、色々な問題があり苦労したと言われています。 

1892年には危惧していた赤潮が神明島(しめのうら)大発生し、養殖していた貝が全滅しました。 

 

1893年7月11日、実験していたアコヤ貝の中に半円真珠5個を発見し養殖に成功し、1896年には半円真珠特許2670号を取得します。 

 

1898年ノルウェー水産博覧会に養殖真珠を出品し銀牌を受賞。 

 

1919年大量に良質の真珠が採れることから、ロンドンの宝石市場にも供給します。 

しかし、1921年天然真珠の利権を持つヨーロッパの宝石商が天然真珠と見分けのつかない養殖真珠は模造品であり、詐欺の疑いがあるとして訴訟に発展します。 

要は、養殖真珠を市場から排除したかったのでしょう。 

1924年5月24日、フランスのパリで起こった真珠の裁判として「パリ裁判」と呼ばれており、裁判の結果、天然真珠と養殖真珠には全く違いがないということで全面勝訴し、3年後の1927年にはフランスの裁判所から天然真珠と養殖真珠が同じものであると鑑定結果を受け、世界に認められる宝石となりました。

 

 

日本国内の真珠の生産地

貝から産まれた真珠

 

現在、市場に流通している真珠の大半が養殖のものとなります。 

日本国内で真珠の養殖が行われている地域が、三重県、長崎県、愛媛県、佐賀県、熊本県、大分県などとなり、その中でも、三重県、長崎県、愛媛県だけで全体の9割以上を占めており「三大生産地」と言われています。 

 

前述の通り三重県は養殖真珠の発祥の地でもあり、素潜して海藻や貝を採っている海女さんのイメージも強く、三重県が日本一の養殖の地と思われている方も多いとは思いますが、一位は愛媛県で、二位は長崎県になり、三重県は三位となっています。 

結構、意外な結果で驚いた方もいたのではないでしょうか。 

 

それでは、2018年度の真珠の養殖生産量の上位3都道府県をだけ紹介させていただきます。

 

 

1位 愛媛県

 

養殖生産量は8トンになり全体の40%近くを占めています。 

三重県では御木本幸吉(みきもと こうきち)によって日本で初めて半円真珠を養殖しましたが、愛媛県では日本で初めて真円真珠の養殖を成功させています。 

主な生産地としては愛媛県宇和島市となります。

 

 

2位 長崎県

 

養殖生産量は7トンになり全体の33%近くを占めています。 

主な生産地としては2島の壱岐・対馬となっています。 

対馬はもともと真珠の育つ環境でしたが、1921年より本格的に真珠の養殖を始めています。 

対馬の海は低温で低栄養のため育つのに時間がかかるため、一般的には1年かかるとされていますが、1年半かけて育てられているそうです。

 

 

3位 三重県

 

養殖生産量は3.7トンになり全体の20%近くを占めています。 

世界で初めて養殖真珠を成功させた地になります。 

そのため、多くの真珠の施設が多く存在しています。

 

 

最後に

 

真珠の歴史も5200年以上の歴史があり、エメラルドをこよなく愛したエジプトの女王クレオパトラからも重宝されていた宝石だったんですね。 

そして、世界初の養殖を成功させたのはMIKIMOTOであり、その創業者御木本幸吉の熱い思いが今も受け継がれ世界最高の真珠のブランドとなっていますので、ぜひ一度MIKIMOTOのパール製品を手にしても良いと思いますよ。